あるフランス人の暮らしぶり

 

20年前フランスに滞在したときにとてもお世話になった人がいます。

彼は私が借りたアパートのオーナーで、ひょんなことから親しくなりお宅にお邪魔

する機会がありました。それは今思い返すとまさにシンプリスト、もしくはミニマリス

ト的なお宅でした。

彼の家にお邪魔するまでに私はフランスに暮らすフランス人の家の中を見ることはあり

ませんでした。留学生が住むような部屋は何度か尋ねたことはあったのでだいたい想像

はつきましたが、初めて訪ねるフランスのお宅ってどんなだろう?とわくわくしたのを

覚えています。

住まいはルーブル美術館のある通りに面したアパートの5、6階だったと思います。

壁に窓がなく、唯一部屋の天井付近に小さな窓があるくらいでしたので恐らく屋根裏

部屋なのでしょう。

ものがなくて綺麗だなというのが部屋に入ったときの第一印象でした。

イメージしていたフランス人のお宅とは違っていたのである意味意表をつかれましたが

天井から吊ってあるアンティーク風のシャンデリアをみてなぜかちょっとホッとしたり

しました。

リビングとして使っている部屋には六角形の3人掛けくらいの大理石のテーブルが

ひとつ。床は薄いグレーのは絨毯引きでソファなどは無く、くつろぐ時は絨毯の上で

直に座ったり寝転んだりもするようなので玄関からは土足厳禁にしてありました。

その部屋の続きに10畳くらいの部屋があって、そこにはグランドピアノがありまし

た。リビングの隣は独立したキッチンがあり、当然カウンターやシンク周りにはものが

何も出ていない状態。そして壁にはクリステルのフライパンと鍋と持ち手のスティック

がそれぞれ綺麗に掛けられていました。今でこそ取っ手が取り外しできる鍋やフライパ

ンは普通に見かけるようになりましたが、その時初めてそのような便利で美しいデザイ

ンの調理器具があることを知り、自分が家庭を持ったら絶対にこのお鍋を持ちたいと

思ったものです。(実際今愛用してます。)

本当に彼の家には家具らしい家具はありません。唯一リビングのややカーブがかった

壁の中にガラスで作られたはめ込み型の棚がありました。そこにSONYの小さなCDコ

ンポとCDが10枚ほど収まっていました。

彼は日本の音楽が好きだと聞いていたので、手土産代わりに日本から持って来ていた

CDをあげました。そのCDを気に入ってくれてその壁の中の棚にしまったかと思うと

おもむろに別のCDディスクを取り出し私の目の前でふたつに割ったのです。えっ?と

思って、勿体無くないのですかと聞くと大丈夫と言いながらキッチンのくずかごまで

持って行ってしまいました。

彼のそういった振る舞いや何もない部屋の雰囲気はちょっとした衝撃でしたが

そこに何も不自然さがなく、これがこの人らしさなのだなとその時感じました。

そしてこれほどまでものがない部屋というものを生まれて初めて見た私でもその空間を

寂しいとか殺風景だとは不思議と感じませんでした。それは大理石のテーブル、古いグ

ランドピアノ、天井のシャンデリア、どれも高価なものだと思いますが、それらが本物

の圧倒的な存在感みたいなものを放っていたからかもしれません。

部屋の中をどうでもいいようなもので埋め尽くさず、無駄なものを排除して大切なもの

だけで暮らすという彼の暮らしぶりは今注目されている持たない暮らし、ミニマムな暮

らしそのものだなと思います。

ひとつだけ私が通された部屋以外にベッドルームがあったと記憶していますがその部屋

の中は、謎です。

今こうやってブログを書いていて、20年前に1度だけ訪れた部屋の様子をここまで克明

に覚えていることに驚いています。それほど何もない部屋だったということですね。